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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10093号 判決 1961年1月31日

原告 巻淵輝吉

被告 三宅勘一

主文

1、被告の原告に対する昭和三二年三月二五日付金銭消費貸借契約に基く元金二〇〇万円、弁済期昭和三二年五月二四日、利息日歩金四銭、利息弁済期元金弁済期と同一、債務を弁済しないときは日歩金八銭の損害金を支払うという債権は存在しないことを確認する。

2、被告は原告に対し別紙目録記載の土地、建物について

(イ)  昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八二号をもつて被告のためなされた昭和三二年三月二五日付金銭貸借契約並に抵当権設定契約を原因とする、抵当権者被告債権額金二〇〇万円弁済期昭和三二年五月二四日、利息日歩金四銭、元金弁済期に支払うこと、債務金を期日に支払わないときは日歩金八銭の損害金を支払うとの抵当権設定登記。

(ロ)  昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八三号をもつて、被告のためなされた昭和三二年三月二五日付停止条件付賃貸借契約を原因とする、昭和三二年三月二五日契約した債権額金二〇〇万円の抵当権の債務を弁済期に弁済しないときは権利者被告のため、存続期間発生の日より五年、賃料一ケ月二五〇〇円、同支払期毎月末日、特約賃借物の転貸及賃借権の譲渡をなしうる賃借権が発生する旨の賃借権設定請求権保全の仮登記。

(ハ)  昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八四号をもつて被告のためなされた同年三月二五日の停止条件付代物弁済契約(昭和三二年三月二五日契約による債権額金二〇〇万円の土地建物抵当権の債務を其の弁済期に支払わないときは代物弁済として被告に所有権を移転する旨の契約)を原因とする所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続をせよ。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

別紙目録記載の土地家屋(以下本件土地家屋)は原告の所有であるところ、原告の知らない間に、主文第一項記載のような抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全仮登記および所有権移転請求権保全仮登記がなされているが、原告は被告から金二〇〇万円を借り入れたこともなく、抵当権設定契約、停止条件付賃貸借契約および停止条件付代物弁済契約をしたこともなく、又、右登記の申請人である訴外古川武に登記申請の代理権を与えたこともない。よつて、原告は被告との間において右登記簿記載のごとき債務不存在の確認ならびに被告に対し抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全仮登記および所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続を求めるため、本訴請求に及んだ、と述べ、

被告の主張に対し、訴外吉村一郎が被告主張の日に原告の代理人として被告主張のごとき消費貸借契約、抵当権設定契約、停止条件付賃貸借契約、代物弁済予約をしたこと、その当時訴外吉村が原告を代理する権限を有していたことは否認する。仮りに訴外吉村一郎が原告代理人と称して被告とその主張のごとき契約をしたとしても、被告において訴外吉村一郎が原告の代理権を有していないことを知らず、かつ訴外吉村が原告の代理権を有しているものと信じていたこと、被告がかく信ずるについて過失がなく、正当な理由のあつたことは否認する。被告は訴外吉村一郎が原告の代理権を有していないことを知つていたか、少くとも知らないことについて過失があつた。その事情は次のとおりである。

原告は本件土地上にある現存建物を取り壊した上、その跡に間口三間、奥行六間、建坪一八坪の三階建鉄筋ブロツク建建物を建築するため、その建築資金を低利で借り入れようとしていたところ、知人の紹介により昭和三二年二月七日頃、訴外吉村一郎を知るに至つたが、訴外吉村は原告に対し「同訴外人は千代田生命保険相互会社(以下訴外千代田生命という)の稲垣常務取締役とは特に懇意にしているので、訴外千代田生命から建築資金として四〇〇万円を利息年一割、弁済期二年後の約束で原告に融資させる。たゞし生命保険会社は個人には貸付をしないため、中野区高円寺所在六大製薬株式会社名義で借入れ、これを原告に融資する」というので、原告は訴外千代田生命より金四〇〇万円の借り入れ手続を訴外吉村に委任し、同訴外人の要求により昭和三二年二月一二日本件土地家屋の登記簿謄本四通、原告の印鑑証明書一通、建築予定青写真一通、建築予算計算書一通を同訴外人に交付した。訴外吉村は同年三月上旬迄に借り入れができると約したのに、それが実現せず、原告は不審に思つていたが、同年三月中旬に至り、訴外吉村が、「近日中に訴外千代田生命よりの融資の見込がついたので、その必要書類を準備するように」というので、原告は同月二〇日訴外吉村に対し、土地権利書三通、家屋権利書一通、住宅金融公庫支払証明書一通、委任状一通、印鑑証明書二通を交付した。しかし、原告は訴外吉村の態度に不審を抱き、かつ、他の知人よりこの種犯罪が多く、融資を断つた方がよいと忠告されたので、同月三一日訴外吉村に対し「訴外千代田生命よりの融資の件は取止めにするから、関係書類は一切返還せられたい」と申し入れたところ、訴外吉村はこれを承諾した。然るにその後原告の督促にも拘らず訴外吉村は関係書類の返還をしないので、原告は同年一一月二六日訴外吉村を告訴し、警察の指示により本件土地家屋の登記簿謄本の交付を受けたところ、原告主張のごとき登記がなされていることをはじめて発見した。その後調査したところによると訴外吉村はその所有にかゝる中央線国立駅前の国立デパートを担保(買戻約款付売買)として、訴外東京土地株式会社(代表者米山武人)(以下訴外東京土地という)より金三二〇万円を借り受けていたが、昭和三二年一月一九日当時右借入金は元利合計四〇〇万円に達し、訴外東京土地より再三利息の支払方督促を受けていたところ、偶々原告より訴外千代田生命よりの融資の依頼があつたのでこれを奇貨とし、原告より委任状、印鑑証明書、権利書等の書類を騙取し、これを利用して他より金融を受け、右訴外東京土地に対する債務の支払等自己の用途に充てようと計画し、先づ被告に右事情を話し、昭和三二年三月中旬頃被告と共に本件土地家屋を詳細に調査し、本件土地家屋の担保価値を確めた上、原告より前述のように書類の交付を受けるや、被告に連絡し、被告と通謀して、右書類を不正に利用し同年三月二五日原告に二〇〇万円を融資し、かつ、その旨抵当権設定契約その他の契約があつたように登記し、同年三月二七日訴外吉村は被告を通じ訴外米山武人より一三二万円を借り受け、うち一〇〇万円は訴外東京土地に対する訴外吉村の借入金の利息として支払い、うち二万円は被告が世話料として受取り、うち、一〇万円は被告が訴外吉村より借り受けたことゝして、受け取り、残金二〇万円は訴外吉村において費消したものである。以上の次第であつて、原告と被告との間に金員の授受はなく、また訴外吉村と被告との間にも金銭の授受はなく、従つて、消費貸借契約もなかつた。金銭消費貸借のあつたのは訴外吉村と訴外米山との間であつて、被告は単にその斡旋をしたにすぎない。仮りに訴外吉村が原告代理人と称して、被告との間に被告主張のような契約をし、かつ、被告において訴外吉村が原告を代理する権限のないことを知らなかつたとしても、当時訴外吉村には何等原告の代理権限がなかつたし、仮に何等かの代理権限があつたとしても被告にはそれを知らなかつたことについて過失があつたものである。すなわち被告は昭和三二年三月中旬訴外吉村とともに本件土地建物の現場を調査したのであるから、被告としては、原告に訴外吉村の言が真実であるか否かを確めるべきであり、これを確めず、訴外吉村の言を信じたのは重大な過失である。又被告は昭和三二年三月二四、五日頃訴外吉村より本件土地、家屋に関する書類の交付を受けたものであるが、かゝる場合被告としては原告が訴外吉村のいうがごとき趣旨で右書類を交付したものであるか、否か、換言すれば原告が訴外吉村に同訴外人のいうような代理権を与えているか、否かを調査すべきであり、かつ、調査するには何等の手数を要するものではないのにこれをなさないのは、被告の重大な過失である。更に被告は訴外吉村に代り借り受けた金員のうちから訴外東京土地に対する利息を支払い、かつ、世話料もしくは借入金名義で金一二万円を取得していることから考えても被告が訴外吉村に原告を代理する権限があつたと信ずるについて正当の理由があつたということはできない。

と述べ、

立証として、甲第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし五、第三号証の一、二、第四号証の一、二第五ないし第一五号証を提出し、甲第二号証の三のうち「委任状」の文字、原告の署名印鑑は原告の真正に作成したものであるが、その余は偽造にかゝるものであると述べ証人米山武人、吉村一郎、小林佐冶郎の各証言、原被告各本人尋問の結果を援用し、乙第一、二号証、第六号証の各成立を認め、乙第三ないし、第六号証の各印鑑部分の成立は認めるが、その余の成立は否認する、と答えた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、請求原因に対する答弁として、本件土地家屋が原告の所有であること、本件土地家屋につき原告主張のとおり登記がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する、と答え、

被告の主張として、

一、被告は昭和三二年三月初め頃、当時本件契約につき原告を正当に代理し得る権限を有していた訴外吉村一郎より原告に対し金二〇〇万円の金借方の申し込みを受けた。その際被告は原告代理人吉村一郎に対し、「必要書類として本件土地、建物の権利書、抵当権設定登記および停止条件付賃借権設定請求権保全仮登記、停止条件付代物弁済契約に因る所有権移転請求権保全仮登記に要する印鑑証明書、委任状各一通の外に公正証書作成ならびに代物弁済の予約完結の場合における所有権移転登記のための印鑑証明書、委任状各二通合計三通づゝを被告に提出し、右抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全仮登記、所有権移転請求権保全仮登記が完了した場合に二〇〇万円を貸与する」旨回答した。原告代理人吉村一郎は右金借申し入れの際、既に本件土地家屋の権利書および原告の吉村一郎に対する金銭借用方の委任状一通ならびに原告の印鑑証明書一通、原告の白紙委任状一通を持参していたので被告は右吉村一郎に対し印鑑証明書及び委任状の不足分および第一番抵当権の債務(住宅金融公庫に対する債務)の残高証明を至急持参するよう指示したところ、訴外吉村はその後数日間に前後二回にわたり、右残高証明および所有権移転登記の際使用予定の白紙委任状を持参し、「印鑑証明書二通と公正証書作成用委任状は別用紙を要するので間に合わなかつたが、大至急持参するから全額でなくてもよいから抵当権設定登記、賃借権設定請求権保全仮登記、代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記だけで金を融通してほしい」という切なる要望があつたので、残額五〇万円は残りの書類が揃い次第貸し付ける約定のもとに被告は昭和三二年三月二五日原告代理人吉村一郎に金一五〇万円を弁済期昭和三二年五月二四日の約定で貸し付け、同代理人との間において後に貸付ける予定の金五〇万円を含めた二〇〇万円を債権額とし、登記手続の関係で利息は日歩四銭、弁済を怠つた場合の損害金を日歩八銭と定めて抵当権設定契約をなし、更に右債務を弁済しない場合には被告のため本件土地家屋につき期間発生の日より五年間、賃料一ケ月二五〇〇円、賃料支払期毎月末日、賃借物を転貸及び賃借権の譲渡をなしうる特約付の賃借権が発生する旨の停止条件付賃貸借契約をなし、かつ右債務を弁済しないときは代物弁済として本件土地家屋の所有権を被告に移転する旨の代物弁済予約契約を締結し、右委任状、印鑑証明書等により原告主張のような登記を経由したものである。しかるに原告代理人吉村一郎はその後公正証書作成用の白紙委任状一通を持参したのみで、印鑑証明書二通を持参しないため、貸付予定の五〇万円を貸付けるに至らなかつた。以上の次第で、一五〇万円については原被告間に消費貸借契約ならびに抵当権設定契約等の契約が有効に成立したものである。

二、仮りに訴外吉村一郎に原告を代理する権限がなかつたとしても、訴外吉村一郎は昭和三二年二月七日頃原告より本件土地家屋を担保に他よりの金員借り入れ方の委任を受け、その旨の代理権の授与を受けると共に、これが必要書類として数回にわたり原告の白紙委任状、印鑑証明書、本件土地家屋に関する権利書並びに登記簿謄本等の交付を受けていたものであつて、被告との本件契約当時も右代理権は依然として有効に存続し、又必要書類も一切訴外吉村の手元に存していたものであるところ、右契約に際し、訴外吉村は前記白紙委任状、印鑑証明書、本件土地家屋の権利証、登記簿謄本等を提示して、右契約につき原告より委任を受け、必要な代理権の授与をも受けていると称し、原告代理人として、前記金銭貸借並びに抵当権設定等の契約をなしたものであつて、被告は右取引にあたり、真実訴外吉村において原告の代理権を有するものと信じていたものであり、かつ、かく信ずるについて何等過失がなく、正当な理由があつたのである。従つて訴外吉村が原告代理人として被告との間になした前記金銭貸借その他の行為はいずれも民法第一一〇条により原告に効力が及ぶものである。

三、仮に訴外吉村一郎の有していた原告の代理権が本件契約当時既に委任契約の解除により消滅していたとしても、被告は本件契約に際し、右消滅の事実を全く知らず、前記のごとき事情の下に真実訴外吉村が原告を代理する権限を有しているものと信じていたもので被告がかく信ずるについて過失がなかつた。従つて、原告は訴外吉村の代理権消滅をもつて被告に対抗し得ないものというべく、訴外吉村が原告代理人として被告となした前記契約は民法第一一二条により原告にその効力が帰せしめられるべきものである。

四、仮に本件契約当時、訴外吉村の有していた原告代理権が委任契約の解除により既に消滅し、加うるに右消滅前の代理権中に本件契約をなす件が含まれていなかつたとしても、被告は前記事情の下に全然これを知るに由なく、真実訴外吉村が本件契約につき原告を代理する権限を有しているものと信じていたものであり、被告がかく信じたことに何等の過失も存せず、正当の理由があつたから、本件契約は民法第一一〇条により原告にその効力が帰せらるべきものである。

五、更に訴外吉村は本件契約に際し、原告より任意に交付を受けて保管中の原告名義の白紙委任状、印鑑証明書、本件土地家屋の権利書、登記簿謄本等を被告に提示したものであるが、右提示により原告は被告に対し本件契約につき訴外吉村に代理権を授与した旨表示したものというべく、被告は右表示を信頼し、真実訴外吉村において原告の代理人として本件契約をなしたものであつて、右事情の下においては被告がかく信じたことに何等過失がなかつた。従つて訴外吉村が原告代理人として被告との間になした本件契約は民法第一〇九条により原告にその効力を及ぼすべきものである。

以上いずれかの理由により、原告主張の登記はいずれも実体的権利関係に符合し、かつ、適法な代理人の申請によりなされた、有効なものというべく、原告の請求は理由がない。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第六号証を提出し、証人米山武人、吉村一郎の各証言および被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一ないし五、第二号証の一、二、四、五、第三号証の一、二、第四号証の一、二、の各成立は認める、甲第二号証の三は全部原告の真正に作成したものである。その余の甲号各証の成立は不知、と答えた。

理由

一、本件土地家屋が原告の所有であること、本件土地家屋について被告のため(イ)昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八二号をもつてなされた昭和三二年三月二五日付金銭消費貸借契約並に抵当権設定契約を原因とする抵当権者被告、債権額金二〇〇万円、弁済期昭和三二年五月二四日、利息日歩四銭利息は元金弁済期に支払うこと、債務金を支払わないときは日歩八銭の損害金を支払うとの抵当権設定登記、(ロ)昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八三号をもつてなされた昭和三二年三月二五日付停止条件付賃貸借契約を原因とする、前記抵当債務を弁済期に弁済しないときは被告のため、存続期間五年、賃料一ケ月二、五〇〇円、同支払期毎月末日、賃借物の転貸および賃借権の譲渡をなしうる賃借権が発生する旨の賃借権設定請求権保全の仮登記、(ハ)昭和三二年四月四日東京法務局受付第四九八四号をもつてなされた同年三月二五日の停止条件付代物弁済契約(前記抵当債務を弁済期に弁済しないときは代物弁済として本件土地家屋の所有権を被告に移転する旨の契約)を原因とする所有権移転請求権保全仮登記がなされていること、はいずれも当事者間に争いがない。

二、証人小林佐治郎の証言により、その成立を認めうる甲第五ないし一五号証、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、同第二号証の一、二、同第二号証の四、五、同第三号証の一、二、同第四号証の一、二、乙第一、二号証、同第六号証、原告本人尋問の結果および証人吉村一郎、同米山武人の各証言の一部、被告本人尋問の結果の一部(いずれも後記認定に反する部分を除く)を総合すれば次の事実が認められる。

(1)  原告は本件土地上にある本件家屋を取り壊し、その跡に三階建鉄筋ブロツク建物を建築しようと計画し、その資金四〇〇万円を低利で借受けようとしていたが、知人から訴外吉村一郎が原告の希望するような低利融資の斡旋をすると聞き昭和三二年二月七日頃知人の紹介で訴外吉村一郎を知るに至つたが訴外吉村一郎は原告に対し、「自分は訴外千代田生命の稲垣常務取締役とは特に懇意にしているから、訴外千代田生命から建築資金として四〇〇万円を融資させるが、生命保険会社は個人には貸付をしないため六大製薬株式会社の分と一緒に借入れその内から四〇〇万円を原告に融資する」というので、原告は右四〇〇万円の借入れ方を訴外吉村に委任し、訴外吉村の要求により昭和三二年二月上旬頃本件土地家屋の登記簿謄本四通、原告の印鑑証明書一通を、建築予定青写真、建築予算計算書と共に訴外吉村に交付し、更に、同年三月二〇日頃、訴外吉村から「近く訴外千代田生命から融資の見込がついた」といわれ、本件土地の権利書三通家屋権利書一通、住宅金融公庫払込通帳一通、同公庫関係の公正証書一通、白紙委任状一通、原告の印鑑証明書二通を訴外吉村に交代した。その後知人の忠告もあり翌二一日原告は訴外吉村に対し、融資依頼を断り、書類の返還を要求したがその後も真実訴外千代田生命から融資が受けられる場合には訴外吉村が原告の代理人として行動することを承諾する意思であつた。

(2)  訴外吉村一郎は訴外東京土地から金三二〇万円を借り受け、その所有にかゝる国立駅前マーケツトを担保に差入れていたが、昭和三二年一月頃右債務の元利金は金四〇〇万円に達し、利息を支払わないときは担保流れとなるおそれがあり、その外にも資金の必要に迫られていたところ、原告が訴外吉村の言を信用し、融資の依頼をしたので、原告を欺罔して、原告の白紙委任状、印鑑証明書、本件土地家屋の権利書等の書類を騙取しこれを不正に使用し、本件土地家屋を担保として、金借しようと計画し、昭和三二年三月初め頃かねて知合である被告に対し「原告は自分を援助するため本件土地家屋を担保に差入れることを承諾してくれた」といつて、本件土地家屋を担保として、金二〇〇万円の借用方を申し入れた。

(3)  被告は訴外吉村より、同人が郷里の秋田県に相当の資産を有し、又同人が代表者をしている日商木材株式会社の工場敷地が国道七号線の用地となることにより八百万円以上の補償金が近く入手できる等の話を聞かされていたところから、訴外吉村の言を信用し、被告がかねてから親しくしている訴外米山武人に対し、訴外吉村に融資するよう頼んだところ、訴外米山から「担保物件に、それだけの価値があれば融資してもよい」といわれたので、被告は訴外吉村とともに本件土地家屋を実地調査し、充分担保価値のあることを確めたが、訴外吉村が「原告に会うと、原告の家族につまらない心配をかけるから会わないでほしい」といわれ、原告が真実担保提供を承諾しているか、否かについて確めることなく、本件土地家屋が充分担保価値のあることを訴外米山に報告したところ、訴外米山から「書類が揃えば二〇〇万円貸すが、税金のこともあるから、被告の名前で貸してくれ」といわれ、訴外吉村には、「友人の金を管理しているが被告の責任で貸す」旨告げ、同月二二、三日頃訴外吉村から、本件土地家屋の権利書、原告の白紙委任状一通、印鑑証明書二通、住宅金融公庫の支払通帳一通、同公庫関係の公正証書一通の交付を受け、かつ、訴外吉村から「これから秋田に旅行するから金が出たら、うち一〇〇万円は訴外東京土地に対する訴外吉村の債務の内金に支払つてくれ、残りは吉村一郎名義で東京相互銀行に当座預金してくれ」と依頼されこれを承諾し右書類を訴外米山に交付したところ、「委任状と印鑑証明書が不足しているから、一五〇万円だけ貸す、あとは書類が揃い次第に貸す」といわれ訴外米山より一五〇万円に対する二ケ月分の利息一八万円を天引し、一三二万円の交付を受けたので、同月二五日そのうち一〇〇万円をもつて、訴外吉村の訴外東京土地に対する債務の内入弁済をなし、残金五万円は被告において費消し、二五万円は東京相互銀行に訴外吉村名義をもつて、当座預金をした。訴外吉村は秋田県から帰京し、被告から右の事情を聞き、これを諒承した。訴外米山は同年四月四日被告から交付された書類により古川武を双方代理人として本件土地家屋につき前記のような登記申請をした。被告と訴外吉村との間には担保契約として、どのような内容の契約をするかについて明確な契約はなかつたが、訴外米山は貸金業者の慣例に従い、前記のような登記をしたものである。

(4)  訴外米山武人は昭和三一年四月から訴外東京土地(当時北辰商事株式会社と称した)に常務取締役名義で勤務し、(たゞし事実上のものに止まり、登記簿には登載されなかつた)また訴外東京土地の監査役をしていた訴外野村十郎は訴外吉村一郎が訴外東京土地に対する債務の支払を約束通り履行せず、訴外吉村の言には嘘の多いと考えていたものであるが、被告は訴外吉村に対する貸付をなす際訴外野村から、訴外吉村の言には嘘が多く、訴外東京土地としては訴外吉村に対する債権の回収に困つている旨聞いていた。残りの五〇万円は訴外吉村が所定の書類を揃えなかつたのでその後貸付けるに至らなかつた。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する前記証言、本人尋問の結果の一部は信用できないし、他の証拠は右認定を左右するに足りない。

三、右認定事実によれば一五〇万円の消費貸借契約の債権者は被告であるが、その債務者は訴外吉村一郎であり、訴外吉村一郎が原告の代理人として被告と契約をしたのは本件土地家屋を担保とするいわゆる物上保証契約に過ぎないことが認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果および証人米山武人、同吉村一郎の証言の各一部はいずれも真実に副わないもので措信できない。しかも右消費貸借契約に際し、被告が現実に訴外吉村に交付したのは一三二万円であり、一八万円は天引されたのであるから、右消費貸借契約は利息制限法により制限利率である三三、〇〇〇円を超える一四七、〇〇〇円は元本に充当したものとみなされ、結局元本は一、三五二、〇〇〇円となつたものである。しかして単なる物上保証(抵当権設定)と人的債務負担とはその性質大いに異なり担保提供にすぎない者を債務者と表示した抵当権設定登記および右債務を弁済しないことを停止条件とする賃貸借契約、代物弁済契約も、実体関係と全く異なるものというべきであり、仮に抵当権設定契約が原告に対して効力を生じたとしても実体関係と全く異る本件登記は抹消を免れない。従つて、既にこの点において被告の主張は理由がなく原告の本訴請求は正当というべきであるが、更に訴外吉村が原告代理人と称して被告となした担保契約(その契約は明確なものではなく単に担保というのみであること前記認定のとおりであるところ、かゝる場合右契約は抵当権設定契約と解釈すべきであり、その外に停止条件付代物弁済契約および停止条件付賃貸借契約まで包含するものと解すべきではない。)が代理行為もしくは表見代理行為として原告にその効力が帰せられるべきであるか否かについて検討するに、前記認定のとおり、原告が訴外吉村に与えた代理権限は訴外千代田生命からの融資についてのみであるが、その代理権は右担保契約当時もなお存続していたというべきであるが、右代理権限は訴外吉村が被告から借受ける金銭債務について、訴外吉村のため、本件土地家屋に抵当権設定その他の担保契約をなすことにまで及ぶものでないのであるから、訴外吉村の行為はその代理権の範囲外の行為といわなければならない。そこで被告において訴外吉村に原告の代理権ありと信ずるについて正当な事由があつたか否かについて考えるに、被告は貸付当時訴外吉村の言うことに嘘の多いことを訴外東京土地の監査役である訴外野村十郎から聞き知つていたのであるから、本件土地家屋を担保に供することを承諾しているという訴外吉村の言え嘘ではないかと用心してかゝり、原告にその真偽を確めてみるのが注意深い者のなすべきことであり、この点についてのみ訴外吉村の言を信用したのは被告に過失があるというべきである。更に現在のように住宅難の時代に他人の債務の担保として、自己の現住家屋およびその敷地を提供するがごときことは異例のことであつて、債務者と担保提供者との間に特別の関係(例えば夫婦であるとか、いわゆる個人会社の代表者が右会社のために担保提供をするとか)がなければ考えられないところであるから、被告としては訴外吉村の言うように原告と訴外吉村間に右のような特別な関係があつて担保提供をするのか否かを原告に確めて見るべきであり、かつ、被告は原告の住所まで行つたのであるから、原告に右事実を確めることは一挙手一投足の労でしかなかつたのであり、又その後においても電話で問合わせることも極めて容易なことであるのに、これをなさず、一途に嘘の多いことを承知している訴外吉村の言を信用した被告は軽卒であつたという外はない。従つて、被告において本件土地家屋の担保提供について訴外吉村に原告の代理権ありと信ずるについて正当な事由があつたということはできない。いずれにしても原告の本訴請求は正当であり、被告は原告のために、前記登記を抹消する義務があり、又被告は原告に対して一五〇万円の貸金債権を有することを主張し、二〇〇万円の貸金債権を有しないことは被告の自認するところであるが、登記簿上抵当債権として二〇〇万円の債権が表示されているのであり、かつ、これと同一日時に成立した一五〇万円の貸金債権を有することは被告の主張するところであるから、なお被告が原告に対して右のごとく二〇〇万円の消費貸借契約による債権を有しないことの確認を求める利益があるといわなければならない。

四、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

目録

東京都中央区八丁堀二丁目四番地二

一、宅地 一〇坪四合

同所四番地一〇

一、宅地 二〇坪六勺

同所四番の一六

一、宅地 一九坪

同所四番地

家屋番号同町四番の八

一、木造モルタル塗スレート葺二階建居宅一棟

建坪 一二坪

二階 一二坪

同所四番地

一、木造スレート葺平家建居宅一棟

建坪 六坪

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